2018年4月30日月曜日

ペルソナ流役の捉え方は個性を開くヒント

 *主にペルソナ4で書いてます

私の部屋には
役作りに迷う度に
ROLE OF ACTIONや
STRATEGY OF ACTIONから
目をあげ、時が過ぎるのも忘れ、
しばらく想いを馳せる
二枚の仮面がかかってる 


役の核って何だろう?

本当にこれでこの核のチョイスで
役にカラダを貸せるのだろうか?
役はこれで活かされるんだろうか?
役はこれで自由に動けるんだろうか?

そう怯え、逡巡するたびに、
リタラルな姿の2枚の仮面の
裏に浮かぶサブテクストの間の
逢魔が時、二枚の仮面の間を、
感じとろうとして
皮膚の目で見つめ続ける

私が見つけなきゃと
あくせくするもの

それは、ペルソナのイゴールの
「夢と現実、精神と物質の間 」
に起こされるのを待ちながら、
眠ってるものと同じなのかもしれない
==========

私達アクターは役の仮面を
気づかれない様に被ることに
魅せられた生き物らしい

唐突ですが、

今、現在のアクティングで、
主な役作りの仕方は三種あります

(私のやり方はこれ以外だけど、
 我流なので割愛、
 紹介するのはかえって邪魔)

1)与えられた役として、
  状況に応じながらの
  相手役を扱う言葉の出し方、
  カラダの動き、雰囲気、表情の
  JUSTIFICATIONを見つけ
  細かくつないで出すことで、
  役に自分を近づけていく
  =POVを際立たせ
   個性をもたせること重視
  POV=Point of View

2)この役を何故人は
  こう扱うこう見なす
  っていうのをつきつめ
  その秘訣を実践し、相手役に
  役として、自分を扱わせる
  =役として見えることを重視
   (人の変身願望の具現化)

3)自分ならこういう時
  こういう理由でこうなる
  っていうのをつきつめ、
  自分に役の感情を引き寄せ、
  この人はこういう人かもと、
  観客に受け入れさせる
  =役が自然な感情(論理)
   の連続存在になることを重視  

1)2)が所謂、役になり切る
っていうやり方で、
役の仮面をかぶってます
繰り返すうちに、不思議な事に
アクターのエゴを抑えられたら
役の仮面は自分の顔と同化し、
体つきや顔まで変わります

じゃあ3)は?

 1)2)がステレオタイプ化して
 不連続の嘘人間にしか見えないなら
 自分でのった方が自然なだけまし
 っていう視点で、いつの時代も
 あんなの役作りではない
 と苦々しく言われながらも
 許されたやり方として残ってます

 さて、知識は十分でしょう?

ここに戻りましょう

私達アクターは役の仮面を
気づかれない様に被ることに
魅せられた生き物らしい

でも、この
仮面をかぶってることを、
気付かれない様に
って言うのがものすごく難しくて、
種明かしが見えちゃうと、
(演じてるって見えちゃうと)
それは大失敗、台無し
役が嘘に見えちゃうだけで
見る人にはもう何もかも
嘘にしか見えない致命傷

だから、

実際のアクティング養成所では、
基礎をマスターするまでは、
役作りはさせて貰えないもんだ

安易に出来ないマスター領域
ますます、アクターの卵たちは、
役作りに憧れていく

結構へこむ基礎時代、
役作りを学びたいだけで
へとへとになりながら
カリキュラムをこなしていく

でも、いざ、役作りを
していい段になると、
ラッシュを見る度に、

今度はだんだん怖くなっていく

一体何故、自分が演じると、
人間には見えないんだろう、
人間に感じられないんだろう

先にあげた1)2)を試してるのに
自分っていう楽器は準備万端なのに

どこが一体、抜けてるから
不連続な二次元の生き物に
なっちゃうんだろう?

怖いけど逃げてはられないと、
古今東西の文献をあさる
先人の残した言葉を探す

AUDITIONという本には
その答えがこう書いてある
「逆を見つけて、
 演じてないから」だと

ACTINGの本にも大抵書いてある
「アクターの自分が
 役だと信じてないから」だと

一理あるんだけど、
何か字面演技から
離れない気がする
何か精神論で
実践出来ない気がする

アクター達は経験してる

たまに、

無意識に眠ってるものが
飛び出してくることがあって、
その時は何か上手く行く

でも、何が起きたか分からない
再現出来ない、もやもやする

まるで、今を生きてる私達が
自分は何なのか
どう生きるのが一番ベストか
と迷い続ける様に、
アクター達は人間とは何か、
再現可能なものなのか
って悪戦苦闘し続けてる

ゲームペルソナ4は
このもやもやに
一つの答えをくれた

ゲームの中のパラレル世界(夢)で、

現実では無意識に眠ってる
隠して置きたい心のつぶやきは
分身の形をとって、
キャラ達に、立ちふさがる

その心のつぶやきは、
その人のコンプレックスで、
 キャラ達は「それも自分とは
認めたくない、認めるもんか」
って頑張ってしまう

でも、頑なに認めないことが
いや、否定までしてしまうことが
その分身を暴走させ、
シャドウという敵に変えて、
自分を襲わせてしまう

逆に、そのコンプレックスに
向かい合ってそれも自分だと認め
困難に立ち向かう鎧に変えた時
ペルソナという力になって
その人を助けてくれる

これがゲームペルソナでの
ペルソナという概念の仕組み

ペルソナ4では
ペルソナを得ると、
極彩色のオープニング の
キャラ達の後ろに
守るようにかぶさる様に
一人また一人と、
ペルソナたちが現れる

初期場面はこうだけど、




自分のコンプレックスに
向かい合えた報酬よろしく、
初期場面はこうなっていく



にぎやかで、
危険なはずの
警察のテープを模した
黄色と黒が安心出来て
彼らがどこか誇らしげに
感じないだろうか?

(この演出は絶品だね
  誰がどういうコンプレックスを
 克服したかは幾らなんでも、
 ネタバレになるからやめておくわ)

それを見ながら思う
そっか、無意識は力だったんだと

多重人格を演じた時に
ふと浮かんだ疑問を思い出す
「人格は統合されて、
どこに行くのだろうか」と
ものすごく怖くなった
その頃には、頭の中で
人格がつぶやきあってて
一人ひとりが愛しくなってたから
なんか人間を消すおこがましい
怖さでいっぱいになった
その時は、ある人格は
統合を拒んで統合されなかったら、
答えを出さずに怖いまま演じたけど、
答えは、「力に昇華して残る」
って事だったのかもなぁ
それなら、愛すべき人格たちと、
いつも一緒だから怖くないね

また、演技訓練時に、
ふと浮かんだ疑問が蘇る

1)のやり方の権威
マイケル・チェーホフに
直接学んだコーチから、
「まずは、ステレオタイプをつくれ
そこから個性を足していけばいい」
って教えて貰った時のこと
「個性って何をさしてる?
 ステレオタイプに何を足すの?」
って感じたのを覚えてる
この答えが出てないことと、
コントロールを要求されることから、
その後、悩んだけど、
私には、1)のやり方は合わない
っていう選択をしてる

ペルソナでは、
「力を、困難に立ち向かう鎧」
って呼ぶことで、
この答えもくれてる様な気がする

もしかしたら、

「力と感じる」か「鎧と感じるか」で
個性が生まれるんじゃないだろうか?

二枚の仮面に
もう一度目が行く



ふと、今度は、
パズドラにつながる

パズドラにおいての力
って瞬間攻撃力じゃない?

それを具現化したこの式も
瞬間攻撃力だから力なんだけど

 基本攻撃力
×(1+余り×0.25)
×{1+(コンボ数-1)×0.25}
×LFスキル倍率 

同時に鎧って捉え方をすると、
個性に広がりやすくなるのでは?

って・・・

うわっ、試してみたくなるね

 また、

ゲームペルソナにおいての
ペルソナは現実と夢の間で
管理されててる様に、
(時には看守までいる)
現実と夢をつなぐものでも
あると感じるのね

ってことは、この式も

  基本攻撃力
×(1+余り×0.25)
×{1+(コンボ数-1)×0.25}
×LFスキル倍率 

私達の普段の日常と
パズドラっていう世界とを
つなぐものなのかも知れないね

この式を使いこなせると、
パズドラの世界の深淵に気づき
もっと、もっと楽しくなります
って、素敵♪

ペルソナさん、
パズドラとコラボを
してくださって有難う

素敵な音楽と極彩色の彩りで
パズドラに大きく世界を
広げてくれただけでなく、

今のパズドラに必要な
個性を誇りに思う
ってことをパズドラーは
思い出すきっかけになるかもね

そして私にとっては、
(・・・これはちょっと秘密ぅ)

 ペルソナというゲームは、
私は、どうして人間なのか
私って個性はどこから来るのか
っていうのを

体験させてくれる
オリジナルのゲーム

とは言っても、
 小難しい哲学を
押し付けてくるんじゃなく、
実践出来るシステムに
昇華してくれてるから
誰でも簡単にはじめられる

私達アクターは役の仮面を
気づかれない様に被ることに
魅せられた生き物らしい

いや、

人は自分の仮面を
気づかれない様に被ることに
魅せられた生き物らしい
一方、あるがままの自分も
認めて欲しい承認欲求との間で
葛藤し続ける生き物らしい

人は皆、

ペルソナを御してるから、
個性があってかけがえがない

そして、パズドラは、

ペルソナを御す、とある方法を
簡単にお試しが出来るゲームらしい

双方のゲームは
二枚の仮面の間に
存在するのかも知れない

2018年4月23日月曜日

パズドラのスクエア1:処方箋

*うちのカテゴリーは、
 私がどうでもいいから
  とっても迷路化しやすいよね、
 二度同じ記事にたどり着けないと
 とても、悪評を頂いてます
 そんな中、効率のために、
 これだけは取り出せる様に して
 って頼まれたのでつくります

スクエア1
って言葉ご存知ですか?

応用に詰まったら、
戻る所(出発点、基本)
って意味です

実際は、戻る基本機能
(技術、スキル、技能、
 概念をアクションで
 捉え直したもの)を
さすことが多いです

今でも応用のきくスキルを
身につけられた時には
必ずスクエア1があったのは、
皆さんも経験ありませんか?

例えば、体育系だけでも

野球は守りならキャッチボール
水泳は力を抜いて浮いてられること
素振り、まっすぐ歩く、
片足をあげて立っている、
重心を飛ぶ方向へ移動など、
ほんと、色々ありました

体育系以外の学科でも、
ケースバイケースにするよりは、
英語は5文型
化学は周期表など
スクエア1にした方が
成績が上がるものも
多かったんじゃないですか?

専門の技術にも
スクエア1はあります

バレイは重心を上にキープして
全ての動作を行うこと
モダンダンスは
コントラクション&リリース
リリース時に移動が起きます
歌は息のサーキュレーション
&音のレゾネンツ
絵画は、デッサン&コンポジション
禅は瞑想

専門の方は何のスキルを
身につけるかのスクエア1で
分派もして行きます

私の専門分野アクティングなら
マイズナーテク
ーレピティッション
ーREALITY OF DOING
 を身につけるため
メソッドアクティング
ーリラクシゼーション
ーREALITY OF BEING
 を身につけるため

細かい型をマスターして、
それを左脳で組み合わせて
応用を効かせる方法と違って

一つのスクエア1に
体幹的にまとめられる程、
スキルの使い手は、
左脳から自由になります

カラダ(右脳を含む)は
応用を勝手に起こし、
色んな形を生み出すよん
って気づかれるでしょうか?

そう、スクエア1として
機能をとらえる事は
個性への扉も開きます

また、

スクエア1に、
別のスクエア1を
アソシエーションさせることは
方向性を生み出します

例えば水泳は
力を抜いて浮いていられることに、
水の抵抗を落として前へ進む
っていうスクエア1を
合体させると、
コラボが起きて、
シナジーを起こし
スピード競技の水泳の原型を
生み出しますよん
波の波動に合わせるっていう
スクエア1を合体させると
サーフィンになるのかな?

合体は解体できます、
それが、凄く便利で

スピード競技水泳の大会前
あるアスリートが
これ以上タイムが伸びないとか
って詰まった時、
浮くスクエア1と、
抵抗をなくすスクエア1を
別々にもう一度
試してみることで・・・

なんと不思議なことに
勘を取り戻せたりします

人間のカラダの賢さ
って不思議なものね

このように、

スクエア1は 、
合体させたり、
解体したりすることで、
自分で自分を修復したり、
別の形を生み出したりする
ツールでもあります

この近所に住んでる
ポーランドの画家さんは、
(世界的に有名な方です)
一ヶ月、黒で色を塗り分け続け、
一ヶ月、十字架のデッサンを
し続けることで・・・
いつのまにか、今のスタイルを、
生み出したそうです

また、お互いのスクエア1を
リスペクトすることは、
壊してはいけない枠を
壊さないことにもつながります

バレエとモダンや
ミュージカルとオペラは
比較できないものになり、
その特殊性を守られています

こんな感じで、
スクエア1とは何か?
っていうのは、
掴めたでしょうか?


じゃあ、スクエア1
って視点でパズドラ見て行くね


パズドラの場合は
「自力で勝ち取るのを
 楽しめるゲーム」
という視点上、
スクエア1を2つ
発見することが出来ます

その1はパズル力です

型を幾つも覚えて
それを組み合わせて
ってものは存在するけど

(こちらは、スクエア1
 っていうよりは、
 ケースバイケース対応型です)

まだ、スクエア1
って言えるものは、
存在してないよね

(だちょうさんやゆわくんの
 頭の中に、多分眠ってるのかな)

何かスクエア1が
ありそうなんだけど
残念ながら見えないから
パズルのスクエア1は、
発見して取り出してくれる人に
おまかせすることにしてっと

(私は私なりのスクエア1
 って取り出そうとはしたけど、
 (3つなぎは全部同じ、
  5つなぎは
  全部同じってやつね)
 残念ながらどうしても、
 プライオリティ
 (何からコンボして消えるか)と
 空き空間とのバランスの
 スクエア1に変えられないの
 まぁ、いっぱい試す時間も
 ないからかも知れないけどね
 だからお任せしちゃう)

 私は、

スクエア1のその2

「瞬間攻撃力を
 自分に合う様に出す機能」
というスクエア1を
お手伝いするね

このスクエア1は
山Pさんが丁寧に丁寧に
用意してくれた

この式を
読み解くところから
はじまります

基本攻撃力
×(1+余り×0.25)
×{1+(コンボ数-1)×0.25}
×LFスキル倍率 

さぁ、私と一緒に
スクエア1をマスターする
旅をはじめましょう♪


2018年4月19日木曜日

クローズコラボ(名前があり、顔があるDESPERADO達が群れを必要とするわけ)

 *画像二次配布は絶対禁止

*クローズはどうももどかしいの
 歴史の教科書を読んでる気分
 私嫌いなのよ、結果主義
 結果羅列の記録と感想多し
 っていうのに
 私が抵抗感じちゃうみたい
 結果は同じ結果出ても
 頭の中は違うもんでしょ
 それが個性じゃない?
 個性を否定してる様で嫌なの
 (まぁ、そんな中でも
  強烈な個性の方が
  描かれてはいるんだけど)
 だから、WORSTを書かせてね
 WORSTは逆に読み進むにつれて
 どんどんはまって行きました

昨今

何にでも「いっちょ噛み」を
してシェア出来てる気分に
なる人が増えているよね

そして、彼らは群れたがる
群れてネガキャンばかりしてる

例えば、政府が
海賊版の方針を出す
とりあえずブロックして、
その間に法整備をすると
代替案を述べるでもなく、
ブロックは良くないと
好き嫌いを善悪に変えて
煽る、脅す、詰る、

政府はネガキャンに振り回され、
プライオリティがぶれ
結局、何もどこも改正しない
いや、そんなことをしてて、
何も手を打たないと、
海賊版が毎日コミック売上などの
三分の1を奪ってる状況は
加速、加速、加速
していくだけなのに・・・

なすすべがない閉塞感に
日本中が閉じ込められる

それは自分が嫌い、不快
だから一般にも悪いに決まってる
っていう稚拙な不満の群れ

本当に、うんざりする

そんな現在へのうんざり気分が
とっても慢性化してるとこで
(モリカケ、銃規制、
 パズドラへのネガキャン
 クロノマギアを
 やってすらない人たちの
 クロノマギアへのネガキャン)

このコミックを読み出した時、

私は、最初

「何かと群れたがる男たち」に
ここでも群れてるわけね
って冷ややかな気分になった

彼らは本当に群れたがる
っていうか気がついたら群れてる

群れてるのを見るだけで
こみ上げてくる吐き気

「よし、わかった、
 群れたがる人たちへの
 リサーチに使ってやるわ
 てめえら、この野郎
 何でシェアしたがる?」
ってシフトして読み出す

そして、気づく

この群れは、
シェアの群れではなく、
従来の群れだと

 そして、思い出す

群れるとは、本来
こういうことだったなぁと

そして、可笑しくなる

自分だけありの誰かの元で
群れてシェアする人たちを
パズドラネガキャンを通して
あんまし見すぎたんだな私って

自分に笑っちゃう

WORSTの世界の中では、
まず、名前が独り歩きする
「月島花」は強いとかね

他の群れ達はどんな男か、
とっても知りたくなるんだろう
わくわく「月島花」を見に来る
名前が顔と一致した頃、

「月島花」って名前と一緒に
群れてるまだ名のない人たち
(他の群れには
 名前が知られてないって意味)
 の「群れ」に

他のTOPだけ
名前を知られた”群れ”が
次々と接触してくる

その接触は、
「群れ」と”群れ”の
なわばり争いみたいなもんで、
その戦いを通じ・・・・

名のなかった人々も名を得る
その名は顔になって覚えられる

そうして、

「群れ」が”群れ”と接触する度に

群れてるのに
一人一人の個性が際立つ
群れになって行く

 そう、彼らは
名前があり、
顔がある群れだ

私の好きな光景がある
 名前を得て、顔を得た
男たちが疲れきったんだろうね
それぞれなりに、
眠りを貪るシーン






ここには、彼らの日常がある

人間ぽくて
愛らしいなぁ
って感じるのは、

果たして私だけだろうか?


そんな群れの中で、
名前を得て、顔を得ると

 彼らは顔を守るから
何にでもいっちょ噛みはしない

好き嫌い程度では動かない
必然がない喧嘩なんかしない

ただ、

名前を得て、顔を得ると、
まだ名無しと、まだ顔なしが
群れの中から飛び出てでも、
名を得よう、顔を得ようと、
挑戦してくるようになるんだね

そうなると、

「群れ」と”群れ”が
ぶつかって争ってる様で、
結局タイマンに集結していく

名前と顔を持った
個を貫く男たち、

タイマンの傷は
それぞれ意味が違う

作者は終盤、こんな絵で
彼らの傷の意味を、
感じさせてくれる


この傷の後ろに
何ページか前の彼らの名前と
群れの名前が透けて見える
群れのテリトリーが割拠する
とある市という場所も透けてみえる


この瞬間、私は、
意味を掴み損なって流してた
何十度目かの違和感に襲われる

本人達の顔と名前は分かる
何で、群れの名前と旗もなの?

この傷のシーンの後、
このタイマン勝負の決着に
花ちゃんが「じゃんけん」を
提案し、それを呑んだことで、
更に、違和感でざわざわする

群れる必然ってなあに?????

(私は群れるよりは、
 一匹狼の情は深いけど、
 水臭ささも残した関係が
 とっても心地いい体質なので、
 (「海街DIARY」みたいな)
 想像つけにくいのよ )

その謎はその後
最後のあたりで明らかになった

この3ページがその答え

(鳳仙というのは、
 覇権争い相手の高校名ね
 花ちゃんの高校は鈴蘭)









はっとして、笑っちゃった

なあんだ、なあんだ
私がしようとしてる事と
同じPOVじゃない、
花ちゃんたら、おっちゃめ
ってね

うん?

誰も、我慢させない様に動く
って事でしょ

出来るだけ我慢させない様に、
自分とのタイマンにぶつけさせる
って事でしょ


我慢じゃ続けられないわよ
我慢してるとしか思えないなら、
降りることを勧めるわ
っていう自分の口癖が
自然に口をついて出てきます


我慢するなんて
失礼なことしないわよ
だったら、その人を
選んだりしないわ
とまで堂々と書いてた

遠慮の悪癖が、
はじまる前の私

私の中で違和感が
自然にアソシエーションされる

派閥がアリすぎて、
まとまることは出来ない
って言われてた鈴蘭の
番長になるって最初から
宣言してた花ちゃん

卒業して、
社会に出ても、
何人かは適合できなくて
顔までなくして死んでいく
だから、鈴蘭は変わらないと
って言ってたゼットン

気がつたら、群れてるのに、
シェアには絶対にならない
名前と顔を持った男たち

私はつぶやく、

そっか・・・・

群れによって
我慢の流し方が違うんだ
どれが合うかで
群れが必要になるんだね

相手に合わせて
タイマン方法を
変えられる花ちゃんだから、
タイマンでこんなに多くの
個性豊かな鈴蘭の面々の
我慢を流す手伝いが出来たんだ

だから、番長なんだね

ここで、襟を正してお礼

クローズさん、
パズドラとコラボしてくださって、
本当に有難うです

 (少年チャンピオンさん、
 50周年らしいですね
 尊敬しちゃうわ、おめでとう
 海賊版に負けずに続いてね)

コラボしなかったら、

私このコミックって
一生、手にとらなかったと思う

だって、

タイトルも絵も誘わないから
(正直でごめんね)

今は

読んで良かったなぁって思う
33巻は長かったけど
うん、読んで良かった

えっ?何故って、

我慢させないが鍵
って実感したからかな

あっ、それと、

傷つけるって遠慮してたら
我慢を流す手伝いなんて出来ない
そうすると、結局、
名もないものとして死なせるよ
そっちの方が傷じゃない?
って叱ってもらった気がするから

私は花ちゃんの様に
腕っぷしや足腰の強さに
自信があるわけじゃないから
タイマンはって歩いて
我慢を流すお手伝いをする
ってわけにはいかないし、

小さなグループで、
グループセッションみたいに、
我慢を流すお手伝いをする
っていうまどろっこしさも
きりがない様な気がしちゃう

でも、私も持ってる

今、私の手元には、
6枚の選びぬかれた、
アクションカードがあります

(カード内容を書くのは、
 あるアヌビス使いに
 きつく禁止をされてるので内緒)

そのカード達は
我慢させられてる、
我慢しなきゃならないと
被害者意識になりやすい
今の世の中だからこそ

人々がシェアのネガキャンを
不毛に続けてしまう代わりに、
自力で、自分の我慢を流し、
昇華するお手伝いを出来る
って願いの中、

試行錯誤の末、
生み出されました

そのカードを世の中に配る

それが私のタイマン

その時、

傷つけることを怖れすぎて、
遠慮しちゃいけない

そんな風に感じます

私達は皆名前があり、顔がある
だから、我慢なんかでは続かない


枠はあるけど、
枠はなくならないけど、
枠を自分だけに
都合のいい様にだけ、
壊したり、変えるのは、
自分だけアリだけど、

我慢なんかでは続かない

2018年4月12日木曜日

おバカなパズドラーのランダンへのつぶやき

さっきまで、
シュウミン杯の
100万無効を
100万吸収と
勘違いして
奮闘してた私

私の心のつぶやき

武田くんで行けない時と
行けない時がある
何でだろうね?おかしいなぁ

あっ、そうかキラーがないんだ
そうだ、そうだ、そうよね
レオナちゃんに変えよう
くじらさんを入れて
スキブ3のこの子を入れれば
(デスファリオン)
何とかレオナちゃん間に合う
オチコンも多めだしね

 おかしいなぁ、

レオナちゃんにしても、
今度は全く、
シュウミン倒せないなんて・・・

おかしいなぁ

火力まだ足りないの?
そっか、ロキくんを
使える様にしよう

うーん、何でだろうね
やっぱし、倒せない

あれ?あのマーク
吸収じゃないじゃない・・・^^;

なんだ、

無効されてたのか・・・

ってことで・・・・

シャントットに変えたわ

あまりに馬鹿で
自分を晒したくなったので
こんなエントリー

またね

教訓:音をつけて、
   パズドラはやりましょう
   ゴンゴン聞こえれば、
   ランダン時は敵を見ない私も
   即、気づいたはず

2018年4月1日日曜日

クロノマギア、公式放送を見た感想

私達は皆、三針を持っている
クロノマギアの10人の能力者も
皆三針を持っている

それは、過去、現在、未来の三針

私達はその三針を制するものが
勝つということだと気づいてるけど、
運命には逆らえないと諦めてる

As if その運命を手球にとれたら?

=====

他ゲームが換算式のないまま
媚びるように、ヴァリエーションや
個性を満足させる方向に走る昨今

(そっちの方が儲けやすいから
 まぁ、成功しやすい
 ビジネスモデルなんだろうけどね)

山Pのつくるゲームはやっぱり
「換算方程式」がしっかりしてるんだね

クロノ・マギア公式放送を見ながら、
私の脳裏に浮かんだのはこれだった

パズドラの凄さは、
この換算方程式に全てが
FORCEーFITTING
されるとこだと私は実は思ってる

初期の これが

 基本攻撃力×(1+余り×0.25)×{1+(コンボ数-1)×0.25}×LFスキル倍率

(これを主副12回計算して足すと
 瞬間攻撃力になるのよ) 

こういう風に今は
変化をとげてるけど

 基本攻撃力×(1+余り×0.25X各種ドロップ内容補正)×{1+(コンボ数-1)×0.25}×(LFスキル倍率X各種エンハンス及びエンハンス扱い補正)

元の式を換算拡大解釈することで、
パズルの種類も、属性、タイプも
ギミックも、ドロップ強化も、
覚醒も、生まれてるのに気づかない?

(ほんっと凄いよね)

また、山Pさん自身が、
核に集約されるのが嫌な性質
っていうのもあって、
無意識なんだろうと思うけど、
 
この式は見ての通り
少なくとも三方向への広がりを
(盤面内容、コンボ、倍率)
初期から式内部に内包している

その事が、逆に
個性への広がりを可能にする 

この式の三種のどこが
得意か不得意か
っていう視点で、

実はパズドラは無限に、
個性に対応出来る
ゲーム性を生み出している 

しかも、

山Pさんが現実に即す設定を
無意識にしてくれてることから、
 
同時にこれにある要素を加えるだけで
遊び方のヴァリエーションさえ生み出す

 1)パズドラ:ソロプレイ
2)パズドラ:協力プレイ
3)パズドラ: 三人ワイワイ
  (RPG風酒場パーティ式プレイ)
4)パズドラレーダー:対戦プレイ
5)パズドラW:
  パズル条件クリア式プレイ
6)パズチャレ、パズドラ(ランダン):
  タイムアタック式プレイ
7)パズドラ:
  ゼウスヴァース等による、
  (キラー等による)
  モンスター即対処式プレイ 
  (基本ソロ)
 
この式には宇宙が内包されている

だから、

パズドラはもともと
ヴァリエーションしか設定してない
他ゲームと比べようがない

私は同じものを
クロノ・マギアに感じた

 能力者に設定された3数字
それを読み解くと、多分こうなる
  
過去ー防御力
現在ーHP 
未来ーMP

現在のHPを
未来のMPに換算することで
未来のタイミングが開かれる
っていうMPの換算方程式が
FORCEーFITTING出来るものが
ここに隠れてると思われるよ

(例えばMPはコストに換算され、
 コストはマギアやMPに換算される

そう、クロノ・マギアは
公式生放送の二戦が証明してる様に、
シンプルに、タイミングゲーム

しかも、

タイミングを自力で生み出せる感覚を
疑似体験出来る画期的なもの 

他のタイミングを扱うゲームは、
タイミングを制作が決めている
そこに合わせることが出来れば
勝てるって仕組みなんだけど、

(例えば大攻撃が来る前に
 安全なとこまで避けるとか
 動くものをタイミングを合わせて
 うちおとすとかね)

クロノ・マギアでは、
自分でタイミングを調節出来る
おそらく、運を制す体験が出来る

未来は何度も何度も
選び直しさえすれば
切り開いていけるものと
実感されるだろうね

一つだけ私の提案することがある

このままほっといても
個性へと展開するだろうけど、
個性展開だけしてるゲームに
ライヴァル視させないためにも、今は
個性展開はスピードアップした方がいい

(パズドラではエジプト神投入)

それを左右するのは、
モンスターカードにエッジをきかせる
ってことじゃなくて、
能力者を増やすことでもなくて、

先ず、真ん中にある時計(今1分)

あそこを15秒単位で
増やしたり減らしたりするのを
選べるようにし、
その感覚が似てる
(例えば、15秒を選んだ人どうし)
って人をマッチング出来る様にするだけで

多分、個性に広がる
土壌が勝手に出来ると思う

だって、あれが、
プレイヤーとオポーネントの
タイミングを合わす
タッチポイントだもの

(オポーネントが上になるように
 描いてあるVRになってるでしょ
 つまりプレイヤーが若干不利で
 はじまってるのあの感覚
 あの感覚をひっくり返せるかな
 って安心出来る秒数が
 多分、人それぞれなのよ
 それが、さっきの三数字に
 換算されることになると思うよ
 若干不利ではじまるのが
 苦手な人がいるから
 もう既に一分を長い
 って感じるコメントが
 多かったんだと思うわ
 あのVRタイミング個性を
 掻き立てるのに使えるよ、
 自分の中の三針に気づいてもらえるよ、
 活かそう!

 あっ、あのVRパズドラにも欲しいよ
 モンスターが上から見下ろす感じ
 多分、多くの人の選択眼を開く) 

まずは、プレイヤーに
どんなタイミングが
しっくりくるかを
肌で感じてもらいましょう

その後、合う能力者や
合うモンスターを
プレイヤーが選ぶことが楽になり、
デッキを組むのが楽しくなるから、

山Pさんがデッキを全部見れるように
20枚にしたって意味にも
三枚ずつしか出せない意味にも
三段階にマギアが設定されてる意味にも
はっと気づく時が来ると思うの

その時、

多分、パズドラと同じ様に広がるわ

ゲームチェンジャーも
やりやすくなると思うわ

それと、これ大事

意味のない比較脳を持った
プレイヤーにレビューを頼むのは
今度こそ避けよう、やめよう
もう、シャドバと比べてる人がいるけど、
本当に、邪魔でしかないです

公式放送時みたいに、
ヒントとなる断片にしか
宇宙観を言葉に出来なくても、
肌で感じて体現してくれる人たちに
広告系はお願いした方がいい

(将棋の人たち、
カードゲームを
熟知してる人たちは
やっぱし、宇宙観に、
気づいてるなぁ
って思ったもん )

このゲーム失敗するとしたら、
比較を許しちゃった時だと思うなぁ

無駄な比較しか出来ない
動画配信者にはさせない方がまし
Y大課長、その辺少し考えた方がいいよ

さて、私の感想はこんな感じ、

山Pさんのゲームは
FORCEーFITTING出来る方程式が
とってもしっかりしてるから、
本当の個性を楽しめる

 それは

アインシュタインのこの式に似てる

E = mc2

この式には換算次第で宇宙が広がる
式に宇宙が内包されている

その時、

宇宙の中に生きている私達は
個性を許されることになる

山Pさんの生み出すゲームには
宇宙が内包されている

PS:

そっかそっかタイムリーな
「運命の三針」の実装なのかぁ
ってにんまりしちゃったわ

   
私は初見(ソロ)で
アムネルさんにやられ
二回目でグラト殿にやられ、
三回目でスクルド嬢にやられ

(第2レーダー龍
 ドロップして欲しいよぉ
 私、シュウミン達
 究極進化してあげたいなぁ
 っておねだり)

その後、あのダンジョン、
ランダム制が適当ではなく、
ニヤリとする程極悪な組み合わせが
起きたりする様に二者択一が多く
チャレダン10テイスト連続になり、
とっても考えられてて、楽しいから、
色んなパーティ試したかったのに、

1パーティですら試すのに
全く、これっぽっちも、
時間がなくなっちゃってるぅ


(あっ、アムネルさんに
ゲームオーヴァーもらう
直前のスクショだけあるよ、見る?
相変わらず変なパーティでしょ?
でも、ここまでは確実に来れるよん♪
このパーティのアシストだけ改良して
とっても待機中だいっ)


 っていうおまけ(?)

2018年3月31日土曜日

パズドラクロスアニメの大団円に寄せて

涙がぽろぽろ溢れて止められない

 テラドラゴンにコンボに形をかえた
皆の想いがやっと届いたことに

 涙がぽろぽろ溢れて止められない

星が光りを取り戻す様を見て
みなと喜びを分かち合いながらも
「俺はとんでもないことを
 したのかも知れない」と
「間違ってる」言い切ったことへの
罪悪感が頭をもたげるエースに
 それを否定しないランスに

 涙がぽろぽろ溢れて止められない

星を背負わされた少年たちに
過酷さとその喜びに

涙がぽろぽろ溢れて止められない

たまぞうと交わされる
涙いっぱいの有難うに
「俺の俺だけのデビ」だという
注意深く選ばれた言葉の強さに

涙がぽろぽろ溢れて止められない

 光をいっぱいあびて生まれた
「まぶしいよ」という
言葉の向こうの想いを、
心から伝えたい相手がとりあげられ、
もう、側にいない痛みに

孤独に置き去りにされたエースの痛みに

 ===========

フェイスブックの去就が危ぶまれ、
(メディアはその衝撃が
視聴率をとることに夢中なのが歯がゆい)
連鎖影響に恐々としながら、
それでも、人類は、
統一IDなどという防ぎようがないほど
危険onlyの無謀な便利さを
手放したがらないで代わりを求める昨今

iPhoneでの簡易生放送可能で
IT環境には”ゴミ”が溜まるのが加速し、
各人が腹を決めて掃除をしないと、
アップロードもパンクし、
IOTの速度を確保出来ない
って時代がそこまで来てると聞く

その実態はきちんと
伝えられることなく

(だから、
 人々の選ぶ権利を奪いながら)

便乗値上げに踏み切る通信企業と、
値上げをしなければしないで、
そのお人好しをただ利用し続ける
動画配信プラットフォーム企業

その狭間で、何も知らずに
(自分で調べようともせず)
当然の権利だと、
ゴミを出し続ける利用者

人類は地球を汚しただけでは飽き足らず、
どうやら、身勝手な使用法で、
IT環境まで汚してるらしい

河岸が変わっても
身勝手すぎる時には、
同じ失敗を繰り返すものらしい

ふう


そんな地球は
やっぱり環境が立ち行かなくなり
地球をつくった存在に、
(*テラドラゴン)
失敗作ととっくに廃棄され
既に2度つくりかえられ
3度目の星が今まさに失敗作
かどうかを試されてたのが
パズドラクロスの世界だった
私がずっと毎週見たのは
そのシミュレーションの軌跡
と最終回近くで知る

ショックだった、

今度こそ成功して欲しい
っていう星の意志を具現化して
「与えられた限り在る機会」を、
(*命をの源のドロップ)
当たり前の様に受け流して
活かすどころか、快不快で
叩き壊してしまうことで
(ネガキャンしかしないことで)
自からの機会まで奪ってることに
気づかないまま滅びゆくのを
繰り返してることに

ショックだった

それでも、私も、
悲しみも憎しみもない
苦痛のない世界
(多分POVが一つになり
 葛藤のない理想郷)
っていうのがどうしても、
ソリューションだと
思えないことに

常に動いてる世界の中で
環境を大事にしながら、
バランスを取り直し続ける
その喜びに気づいてもらう
その事がどんなに難しいか
肌で感じる毎日なのに

それでも・・それでも・・・

エースとランスは
テラドラゴンにぶつける

>星に生きる命の数だけ
>コンボを決める
>受け取れ!
>俺とエースと
>星に生きるみんなの想い

星を今一度返してくれと叩きつける

 テラドラゴンの問いに

痛みも必要なんだと訴えかける

尚も説得するテラドラゴンに

間違ってると言い切る

俺たちはお前のものじゃないと
俺のカラダは俺のココロは俺のものだと
結んだ絆は俺たちのものなんだと

それでも俺たちは生きるんだと
この星で俺たちの絆は断ち切れない!と

その行動が、

テラドラゴンに、
気まぐれかも知れないが、
星を返す選択をさせる

戻った星で二人の道は分かれる

それは多分、
自分に出来ることを
誰かに託された者と、
自分に出来ることが
まだ見つけれられてない者との違い

エースは、
「有難う」を合言葉に
既存の龍喚士の星を守るという役割を
「だな」と相手に YESしながら
アジャストして限り在るドロップとの
バランスを見つけて行くのだろう
彼はラーの想いも
クロスオンしてるのだから・・・

ランスは、
エースのアシストに甘んじず、
それ以外のやり方で、
ドロップとのバランスで
星で自分が何が出来るのかを
どうにかして見つけ
それを貫いて行くのだろう
その時は違うモンスターと同調し、
クロスオンしてるのかも知れない

彼らは気づいてる
星に生きるものたちが
限り在るドロップとの
折り合いの付け方を見つけなければ
また、テラドラゴンは
星の廃棄を選択することを

NEVER GIVE IN!
FIGHT ON! TRY ON !

映画の様にはじまり、
映画の様にタイトル・ロールを流し、
余韻を残し終わったパズドラクロス

本当に、素晴らしいアニメだった
多くの人に、先入観をもたずに
ゆっくり見て欲しいアニメだった

毎週木曜日が楽しみで楽しみで
まだかまだかと寝る前に、
公式チャンネルを見に行き、
寝るために用意したドリンクを
飲みながら大画面で楽しんだ
その終わりが見てとれた時、
終わりと向かい合うのが辛くて

今も

キャラの一人ひとりが愛しくて、
ジェストでさえ愛しくて
彼らとの別れに胸が潰れそう

涙がぽろぽろ溢れて止められない

二人がそれぞれの道を選ぶ中、
その選択が彼の心を動かしたのか
テラドラゴンはもう役割は終わったと、
エースとランスから一度はとりあげた
たまぞうとデビに尋ねる

「お前たち、
 この星の未来、見届けるか」と

喜び勇んで星に降り立つ二人、
今頃は星のどこかで、
また、卵になっていることだろう

二人がまた、
エースとランスと
出会えるか(クロス出来るか)は
誰にも分からない
分からないけど、
未来にチャンスは残される

To LEAVE The CHANCE 

なんて優しい終わり方なんだろう
なんて優しいメッセージなんだろう

そのメッセージは私を刺激して、

私の見てるアニメの星の上に
描かれてはいないんだけど
こんな軌跡を浮かばせる


The Chance For Everybody

 涙がぽろぽろ溢れて止められない

 涙がぽろぽろ溢れて止められない

 あぁ、生きとし生けるものがいとおしい





PS:
 「俺はとんでもないことを
 したのかも知れない」
 っていうエースの迷いは私の迷い

 葛藤(クロス)は時に苦しみを起こす
 葛藤(クロス)は時に悲しみを起こす

それでも、

 葛藤がないとドラマは起きない
 感動も、衝動も起きない
 自分にとっての意味にも気づけない

 葛藤がなければ、
 QUALITY OF LIFEが消える
 
 私は葛藤を礼賛する

 私は、どうしても
 ネガティブに思っちゃったり、
 身勝手なとこから考えちゃう
 MIND SETも礼賛する

 葛藤やMIND SETを礼賛する以上、
 「自分だけアリな行動選択」はなし
 全ての人にチャンスを残そう
 私の行き着いたスタンスはここだ

 奇しくもクロスと同じなのが
 なんとなく笑えるね
 
 私は体験してきた

 自分だけアリの行動選択が
 自分もナシの世界につながる
 そのことに気づいて貰えれば
 人は自らそれ以外の行動選択で、
 自分しか出来ないことで
 バランスをとりはじめる

 何度も何度も何度も迷う

 「自分だけアリの行動選択」を
 間違った必勝パターンだよ
 って気づかせ様とするのは、
 私の身勝手な好き嫌いじゃないかと
 あのコトラーでさえ、
 ネガキャンは触れないと
 諦め、ネガキャンが距離を置く
 detour(迂回)を探したじゃないかと
 私は徒に人を傷つけてるんじゃないかと


 迷いが起こる度、
 間違った必勝パターン
 って気づかなかった人たちに、
 残っていった傷の痛みを
 彼らが知らずして結果
 自分までもナシにした後悔の痛みを
 感じたことをカラダが思い出す

 身をひきちぎられそうなあの想い
 カラダを走るあの悲鳴

   痛い痛い痛い痛い痛いいいいい

 その蘇る痛みが、
 私のカラダを通り抜け
 涙に変わって溢れ出し、
 私の迷いを破り捨てる

   >何度もでも破り捨てて
 >ただ未来描き直す

 生きることは葛藤すること、
 葛藤は傷つくこと、
 残る傷にさせなきゃいい

2018年3月25日日曜日

幽遊白書コラボ:戦ってみなきゃ分からない

 *著作権を大事に
 絶対に二次配布は禁止です

*珍しく、コラボオープン前に
 想いをこめて、この記事をあげます
 「戦ってみなきゃわからないなぁ」
 って感じてくれたら幸いです

先日も、

エアプでしかない人たちが
レーダー対戦は課金をしないと
遊べないような事を
まことしやかに言って
課金で差がつくのはe-sportsに非ず
ガンホーさんはFTPに反す
なんてとっても的はずれな、
「ガンホーはこうあるべき」
って妙なネガキャン煽りがあったけど、

(ほい証拠、この人倒すと
1000Gが手に入りますし、
倒すのはコツをつかめば難しくない
プロライセンス欲しくて
お金使いたくない人はコツコツ
貯めてるんじゃないかと思うわよ
バスケットシューズ欲しくて
お小遣い貯める様なもんでしょ?
こういう風にガンホーさんは
全ての人にチャンス残してるのに
 エアプで企業努力を邪魔する
批判を出して結果として、
人のチャンスを奪うのは
許せないほど卑怯です 


世の中には、
戦ってみないと分からない
(=自分が主体として、
  何かを勝ち取ろうと
  行動を仕掛けてみないと分からない)
って事がよくあるもんだ

幽遊白書の 主人公の幽助君は
分からない人の代表とも言える
噂の中にしか生きてなかった人で、

彼を実際に経験しないで、
幾人かを除いて、
誰もが彼を勝手に決めつけている

不良、暴力男、問題児、クズ野郎
暴力団からスカウト、
2000人の族が動く その他色々

分からない事が怖いのか
彼と戦ってみてもいないのに、
まぁ、人とは勝手なことを
決めつけで言うものだと呆れる
その中には、自分の得になる様に
噂を利用だけするって輩まで現れる、
続く的はずれな説教、説教
さすがの彼もほっといてくれとなる日々

そんな彼が子供を助けて自分はお陀仏
ってしたところから物語は始まった

今度は彼が得体が知れない
霊界の使いなるものに声をかけられる

三途の河の案内人はクイズの正解の
テレビの効果音の様に登場するし、
大きくて怖いと噂の閻魔は、
おしゃぶりをくわえたベビーだし、
生き返る試練を受けると選べば、
これを大事にしてろと変な卵は渡されるし
気がついたら、生き返れる事になってて、
生き返ってほっとしたのもつかの間
霊界探偵なるものに任命されてるし、

受け身でいるかぎり、
なんか頭がわやくちゃになる
DISORIENTEDって状態が続くだけ
「何のため?、わからない」と
綴るしか白書には何も書けないまま
霊界VRにとりまかれる一方になる

そんな中、幽助は戦うことで、
とりまくVRと折り合いをつけはじめる
戦いはじめた彼の周りには、
彼と戦うことで、彼を分かろうとする
それを通して自分を分かろうとする
って人が戦いを挑み始める

戦うことで、
戦うことで、
戦うことで、

あれよあれよという間に広げられた
霊界探偵VRと少し折り合いをつけると、
それとリンクはしてるけど、
修行VRが目的も知らされず広げられ

戦うことで、
戦うことで、
戦うことで

修行VRと少し折り合いをつけると、
それとリンクはしてるけど、
闘技場VRが招待とかいう体だけど、
実は強制召喚される様に広げられ

戦うことで、
戦うことで、
戦うことで

また戦って少し折り合いをつけると、
それとリンクはしてるけど、
人間は裁かれるべきVRが勝手に広げられ
そのVRはいっぺんに7種方向へ
広がって折り合いがつけにくいけど

戦うことで、
戦うことで、
戦うことで

何とか折り合いをつけると・・・
また、それとリンクはしてるけど
今度は、魔界3すくみVRが広げられる

戦ってみるまでは、
文字通りVRでしかないものは
白書には「分からない」としか書けない
そうすると、白書はいつまでも埋まらない

白書を埋めればいいのね
っていうワープだけは出来ない

それが、

幽助が戦ってみると、
VRに幽助にとっての意味が生み出され、
VRは日常とマージしていく
幽助は主体としてVRの中で旅をはじめる
同じ様に幽助以外も戦うことで
彼らにとっての意味が生み出され
VRは彼らの日常ともマージしていく
彼らもVRの中で主体として旅をはじめる

戦うことで
お互いを本当に知り
戦うことで
お互いがかけがえなくなり
戦うために
自分の能力が増えて行った頃

結果としてジャーナルみたいに
白書はどんどん埋まってた
気がついたら18巻も

コミックを読みながら、
そこまで体験した瞬間
私の中に言葉が浮かぶ

あれっ、これって何かに似てるっ!!

ちょっと待って待って

VRをアクティビティに置き換えたら?
VRをクエストに置き換えたら ?
VRを新システムに置き換えたら ?
VRを新パズルに置き換えたら?

あっ、パズドラだぁ

そうだね、パズドラもだね

パズドラも戦ってみないと分からない

パズドラも試してみないと
わからない
パズドラも使ってみないと
わからない
パズドラも 向かい合ってみないと
わからない
パズドラも挑んでみないと
わからない

パズドラもエアプじゃわからない

幽遊白書のコミックは

19巻になると
選んだ人生という最後のVRを旅する
多彩なキャラがそれぞれの何かを見つけて
笑顔があふれるページで終わりをつげた



富樫さんは何て素敵な笑顔を
全員にプレゼントするんだろうね
みんなを人として大事にするんだろうね

風景の中に溶けていく様な笑顔
視線の先に愛しい誰かがいる笑顔
視線の先に勝ち取りたいものがある笑顔
戦わないと生まれなかった笑顔

まだまだ旅の途中の笑顔

そして、みんなの旅が終わる時には
白書の表紙になるんだろうなぁ
一様の写真が最後にそっと置かれる

そっと終わる

(本を閉じた時、私の心にはすぐ
 「雪菜さんのお兄さんは誰か」
 ってことを桑原はいつ知るんだろう
 っていう疑問は浮かんだけどね
 うん、もう少しあの世界で 
 暮らしていたかったなぁ
 って思えたから
 あそこで終わって丁度いいんだろうね)

明日からパズドラという会場に
パズドラ風幽遊白書ってVRが広げられる

キャラのリーダースキルや
スキルの名前や天塩にかけて描いた
イラストでどんな人か
想像だけどんどんかきたてられていく
幽遊白書ガチャ
戸愚呂さんを手に入れられるらしい
あの%が上がる瞬間が味わえそうな
幽遊白書ダンジョン
プというふざけたスキル名の
プーが手に入るらしい
幽遊白書三人ワイワイ

ここまでなら、
いつものコラボの様に
判断してもいい様な気がするけど

このコラボの直前に設置された
2つの新たしいシステム
モンスター育成システムと
モンスター交換所システムを
ARとしてVRにマージさせた時・・・・

VRがどうダイナミックに
意味を生み出すのかを
私達は何を体験するのかを
私達の誰一人として分からない

「そうなって欲しいけど
 そうなりそうにないな」
って不快をぶつけ続けるネガキャンや
「 こうなるべき、こうするべき」
っていう正義の使者の様な押しつけや
負けない勝負ばかり考えることを
今は、ほら、脇に起こうよ

とりあえず戦ってみない?

だって、戦ってみなきゃ
私達の誰も分からないから

 新闘技場が設置される前に
プロデューサーがパズドラーに
そっとくれたメッセージの様に
私達が戦わないと気づかない
ってことあるよ、きっと、多分

 >数年前から、まずはノーコンクリアする為の攻略法を調べてから
>効率よくプレイスタイルが増えてきて、
> 特定のキャラが居ないとクリア出来ないみたいな考え方が主流になりつつあります。
> パズドラの初期の頃より、色んなチーム編成で
>ノーコンクリア出来る幅は増えてるんですけどね😂


幽助君も気づかなかったんだよ
戦ってみるまでは、

戸愚呂が何故自分と戦いたがるのかも・・
雷禅が何故、食べないのかも ・・・
仙水が何故、魔族を人間界に
引き入れようとするのかも・・・

その答えは、噂に聞いたものとも、
第一印象とも、想像ともいつも違ったの

要するに戸愚呂に雷禅に仙水に
勝った状態になればいいのね
って事だけしてたら、

多分19巻になっても気づいてない
気づいてないのに分かった気分で
旅の途中で世界から見捨てられてる
幽助君は1巻の中の噂の存在で
終わってしまっただろう

戦ってみなきゃ分からない
これが私が幽遊白書から
貰ったメッセージ

戦ってみなきゃ分からない
これが私がパズドラから
貰ったメッセージ

ねえ、戦ってみようよ

新コラボキャラ使ってみようよ
ダンジョン挑んでみようよ
三人ワイワイやってみようよ

ねえ、試してみてから
言葉が生まれてから何かを言おうよ

山Pさんのメッセージも
戦う前は本当はわからないよ

こんな歪んだ分かったつもりの
ヘイトメッセージばかり
闇雲に投げつけないで

>「パズドラの衰退を
  ユーザーのせいにしてる」
>「ユーザーが間違ってると

  プロデューサーが言った」

とりあえず、戦ってみようよ


幽遊白書さん、
パズドラとコラボしてくださって
本当にありがとう

「戦ってみなきゃわからない」

これこそ、今のパズドラーに世界に
一番必要なタグラインかも知れないです

ねえ、エアプちょっとだけ休憩して
とりあえず、コラボ中だけでも
戦ってみようよ、挑んでみようよ

ねっ!

PS:
 山Pさんのメッセージだけでなく、
森下社長のこのインタビューを
読んでると、こんな事に気づきました

(直リンクははずしてあります)

ttp://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/17/012600069/030100004/?P=7&rt=nocnt

>『パズドラ』も
 6年やってきましたが、
>まだ6年ですから。

今までは、毎年毎年
進化するパズドラと言いながら
やっと3年、4年と
なんだか苦しそうだったのに、
「まだ」という言葉を選んでる

今は未来を見てるんだなぁと

守りにばっかし入ってないで
戦ってみなきゃ分からない
ってガンホーさんもやっと
思い出したのかも知れませんね

なんだか嬉しくなっちゃう
わくわくしちゃう

そんな時期に
幽遊白書とのコラボ
タイムリーな気がしちゃうなぁ