2019年5月2日木曜日

シャーマンキング:楽に生きたいだけなんだよ


 何でこんなにも
今回のコラボはオスプレイタイプの
リーダースキルばかりなんだろうか?

そう思ったのが、
シャーマンキングを
読み始めたきっかけだった

*オスプレイタイプ
 合う合わないがはっきりし、
 合わない人には御しにくい

=====

人間も霊も精霊も、
まるで、自分自身がオスプレイのように
自分を乗りそこなってる人たちが
次から次から次へと葉くんの前へ現れ
無理矢理に戦いを挑んでくる

自分を許せず敵扱いしちゃう人たち

     だから、

人も許せず敵扱いしてしまう人たち

どいつもそいつもあいつもこいつも
「山アラシのジレンマ」
尖りまくって歪みまくって捻じくれまわって
地球を3回転半ぐらいして葉くんに絡みつく

 葉くんはそんな人達を
自分の傷をものともせず
受け流し続け蹴り返すことで
ただ、気づかせようとする
「自分を許そうよ、楽に生きようよ」と

彼らの七転八倒を疑似体験するのは
痛くて痛くてそんな痛みの中、
私にはふと思い出されるフレーズがある

「狂いそうな自分を、支配下に置くのです 」

アンナもハオもタオ連もチョコラブも
ホロホロもリゼルグも竜之介もまんたも
ファウストもジャンヌもマルコも
タオじゅんも幹久もたまおもシルバも
オパチョもマタムネも

(もっともっと登場する人出てくるけど、
 パズドラに登場してない子割愛
 霊、精霊さん達も割愛) 

登場人物たちの狂いそうな想いが
読んでる私の脳裏に交錯する

「良いようにされたくない想い」「後悔を考えたくない想い」「誰かに認めらたい想い」「自分ばかり損してるという想い」「自分が何をやっても無駄になると感じたくない想い」
「 しがらみから抜けたい想い」「正しく生きることが価値があると安定したい想い」「自分が役に立ててると安心したい想い」「やり直せないのは分かってるけど、あの時に戻ってやり直したい想い」・・・BraBraBra

必死で生きているからこそ生まれる
自分だけの想い、誰とも重ならない想い
誰ともシェア出来ない想い

だからこそ、だからこそ、
自分を狂わせそうな想い

作者は葉に何度も言わせる
「感情ではなく、心で考える」

それは、
「感情ではなく、想いで考える」
ってこと だろう
「自分に狂いそうな想いを許して、
 昇華して活かそうとし続ける」
 ってことだろう

繰り返しの中、 時がくれば、
「心が道を教えてくれる」

自分を許し始めた人々は、
自分の想いを他人とシェアして、
(その実、押し付けて)
他人に自分だけ助けてもらおうなんて
他人を自分の都合のいい様に変えたい
そんな、あり得ない幻想を捨て、

イエローブリックロードはないけど、
それぞれの想いを持ったまま
真っ直ぐに、リアルに、ピュアに、楽に、
「エメラルドの都」に向かって歩きはじめる

(「エメラルドの都」は、
 シャーマンキングを勝ち取れたら、
 自分の想いを形に出来ることを約束されてる
 500年にいっぺんのチャンスの例えね)

その旅の途中でさえも挑んで来る人達を
葉くんが、「楽に生きたいんだよ」
って受け流して蹴り返す度に、
「エメラルドの都」を目指す
狂いそうな想いの参加者が増えていく

そして、
 
それぞれの狂いそうな想いは、
「エメラルドの都」で交錯して・・・・

葉くんは、心が教えてくれた
誰もの想いがバランスをとって形を結ぶ
そんな可能性を呼ぶ
行動選択をすることになる

そんなお話

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昨今、共感すれば同じ想い
だから、同じものを目指してるはず
だから、自分は幸せになれるはず
っていうシェアの時代は
終焉を迎えようとしている

何故なら、

RESULT ORIENTEDの方法が
行き詰まってしまったから

終焉を迎えてるからこそ、
他人が自分に都合よく変わってくれるはず
っていう共依存のシェア幻想に
必死でしがみつく人たちは
最後の悪あがきをしてる
そんなちょっと面倒くさい終焉

令和に変わった日本だけでなく、
新世界はそこまで近づいてる

それは個がそれぞれに活かされる時代

 それは個それぞれの想いが
蔑ろにされることのない時代

どうやって?

人に許してもらうんじゃなく、
自分が自分を許すことで

それはそんなに簡単じゃない

例えば、狂いそうな想いを御しそこねた頃
人を殺してしまってた人がいる

そんな結果を招いてしまった想いでさえ、
どうにか自分で許してあげないと、
感情のまま復讐したい人に
殺される運命しかなくなる

他人には許してもらっても
一時しのぎにしかならないし、
下手をすると共依存から出られなくなる
自分で自分を許してあげないと

葉くんはそれが見えてるのか、
自分はめいいっぱい傷を受けながらも
絶対に依存させない
楽に生きたいだけなんだよ
って蹴り返す

シャーマンキングは
新時代へのヒントをくれる

ふと、思い出す

私が人をどうしても傷つけたくない
喉かきむしるほど狂いそうな想いで
遠慮しか出来なくなってたんだろう
演技で声が出なくなった時、
出会ったワークショップで、

思わず役に体をかしてて
思わず立ち上がってて、
声が出せたあの時、
演技指導の青い目の彼女は、
私の演技をもう一度みたいと、
私が彼女を自分がつたない演技をしても
傷つけてない束の間の安心はくれたけど
その後は、私を、
依存させないように蹴り返した

あの時依存を許されてたら、
私は今も私を許せてないだろうなぁ

感謝しちゃう

シャーマンキングの世界で、
葉くんは言い続ける

「楽に生きたいだけなんだよ」

依存させるのは楽じゃないんだよ
依存するのも楽じゃないんだよ
だから、すねて破壊してないで、
自分で自分を許して楽になってよ
自分の足で歩いて生きてよ
他人は都合よく変わってくれないよ
って意味が染み込んでくる

人々は自分らしく生き始める

狂いそうな想いを活かしながら
自分にしか合わないやり方を見つけながら

「狂いそうな自分を、支配下に置くのです」

さてっと、

シャーマンキングさん、
パズドラと コラボしてくださって
本当にありがとうございます

パズドラというゲームは
主体性を持ってないと、
それほど楽しめないゲーム

その特性は、
合う合わないを大事にされてる
だから、自分を大事にされている
って感覚につながります

シャーマンキングを読み終わった後、
私は一人「そうかそういうことか」
って誰にともなく頷いてました

そりゃオスプレイ型になるでしょう
葉くんに依存させないって蹴られると
自分でどうにかするしかないわけで、

ってことは

合う合わないは
もっともっとシャープに
なっちゃうもんでしょうよ

なんだかわくわくします

私はどれがのりこなしやすいのか
高難易度ダンジョンに試してみよっか
って色んなリーダーで挑戦したくなってます

さぁ、幸いにして、
5月のチャレダンも、
レイワ降臨も来てる様です

では、またぁ

 うんうん、私も楽に生きるぅ♪